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自然には、自然に反応してしまう ・・・☆☆☆

  • 2021/01/15(金) 00:38:11

きょうは、朝まで本を読んでいたので、美しい朝日を見れた。

紺色の空が、だんだんオレンジ色の空になっていく、数十分、心が魅了されてしまった。

なんか、むちゃくちゃ贅沢な、数十分だった。

よく、あきひろさんみたいに、朝焼けや、夕焼けや、月を愛でようと思って見るんだけど、
なかなか、あきひろさんみたいに、愛でれませんっていわれる。

でも、ぼくと、たまたま一緒にいた人たちは、愛でることができたりする。

そこには、みんなとの一体感のなかに、やすらぎが漂うから、一緒に愛でることができる。

それが、1人になったとき、愛でようとすることが、目的になってしまっては、
愛でることが、半減する。

小さいころから、自分が、人が なにを やってるかを見てきて、

これをやれば、こうなる、
あれをやれば、ああなる、

よし、ならば、自分も、これをやってみよう、あれをやってみようと、やってみる。

でも、自分がやると、これをやれば、こうなるはずなのに、ならない、
あれをやれば、ああなるはずなのに、ならないってことが起きる。

それは、それをやるときに、こうなる、ああなるという結果を知った上で、
自分も、その結果を、早く得ようとする欲が働くと、
早く、その結果まで躍起になっているため、思いどおりの結果を得られないってことにつながりやすい。

おれの場合、くるくる○ーの呼吸常中が板についているため、

周りの自然から、お知らせがあり、ふと そっちを見たら、ワァーオ!というような景色が広がってることが多い。

別に、ワァーオって思うような景色を、常に、見たい、見よう、見るぞと躍起になっているわけではない。

ほんとに、自分が自然に、自然に、声をかけられてるかの要素が強い。

だから、自然から、いい景色を授かったとき、

その 景色に、ワァーオ、めっちゃキレイやぁと 自然に心を魅了され、

いいものを見せてくださり、ほんとに ありがとうございます と 自然に心でいってしまう。

そして、その景色を 愛でながら、一服すると、

その自然まで味わい、やすらいでしまうのである☆


丑年の智慧 禅語 其の15 は…  (^∀^)

*彩鳳舞丹宵 (さいほうたんしょうにまう = 5色の羽毛をもつつがいの鳳凰(彩鳳) が、赤く染まった空に舞っている。めでたい情景。

訓え・・・四季を通して、いちばん空気が澄んでいるのが今の時期。朝焼けも、夕焼けも、空の色の美しさも際立つ。この際立った空に焼けた雲は、彩鳳の情景がしっかり、心に焼きつき、心の安らぎとなる。

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