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違いを整えるな!違うから、その人の質が高まるのさ ・・・☆☆☆

  • 2020/12/15(火) 05:55:08

きょうは、朝、むちゃくちゃ冷えた。

太陽が出ても、あまり温度があがった感じはせず、

先週が、あったかすぎたためか、1日、冷えがつのった。

そんななか、おっさんは、昼から、青山にて より冷えが強まる、寒い5人の教育者のみなさんと落ち合い(笑)

今年度の小学生、中学生、高校生の教育現場での、子どもたちの変化について例を出し合い、

令和3年度に、ちょっとでも子どもたちに寄り添うときの、大人の質が、高くなるよう、
毎年、年末恒例の話し合いがあった。

もともと公立、私立で、寄り添うときの違いがあるものの、指導要領の進め方は、大きな違いはない。

でも、その子、個人の相談を受けたときと、
その子の様子が、4月から見てきて、なんか、おかしいと感じるときと、

向かい合う側の大人の、そのときの指導力や、人間力、感受性や、ボキャブラリー力には、
かなりの違いが、出てしまう。

単純に、ベテランでも、なんにもしない大人と、アツい大人、
若手でも、なにも学ぼうとしない若手と、少しでも学ぼうとする若手がいるし、

子どもの話しを、ゆっくり聞いてあげたくても、聞いてあげられにくい時間帯にあたった場合、

その向き合う側の大人の度量には、違いが出て当然な面がある。

そこに、使命感の強いタイプか、責任感が強いタイプか、正義感に強いタイプかで、
寄り添い方に、違いがでるため、

寄り添われた側の子どもの、表情のゆたかさや、心への影響にも、ずいぶん違いが出る。

そこらへんを、毎年、この時期、この寒い5人の教育者のみんなは、

このおっさんの、一つの視点や、着眼点を聞くことで、来年につながげるために、
自らを見直そうと、かなり勉強熱心な5人なのだが、

いかんせん、教育者にありがちな、みんなの違いを、一つの良いほうに整えたがる節があり(笑)、

そんなところを、
「おまえら、頭、大丈夫かぁ? その方向に、子どもらをいざなって、ほんまに、子どもにええと思ってんのか。あほか。
なんで、一つの方向に導きたがるんや! いっぱいの道があって、ええっていうてるやんけ!
導くなら、その子本人が決めた、一つの道を、どうやったら、10メートルでも向こうに進めるか、おまえらの ない頭で、工夫しながら寄り添ったれ!(笑)
ええか、昔から、人は、ひとりづつ違っててええんや!
たとえば、Aちゃんは、優等生やけど、ちょっと暗い、
Gくんは、オレみたいなクソガキ、
この2つのタイプに、お裁縫を、覚えておくといいよ、だから、やろうっていうても、
やるのは、Aちゃんタイプのやつらだけや。
もともと、Gくんタイプは、裁縫するぐらいなら、鼻クソほじって、人につけて楽しもって思うわい。それは、なんでかっていうと、
寄り添ってくる大人が、いいよっていうモノより、
自分が、おもろそうって思ったことをやるほうが、いいって思うタイプやからや(笑)。

その違いを、寄り添う側の大人が、ほんとにちゃんと見抜いて、ちゃんと理解した上で、これからの子どもには、寄り添ってあげやんと、心の耳で、おまえらの話しを聞かんわぃ。

今、おれ、おまえらとおるけど、ほんまは、会った瞬間、もぅ、帰ろかなと思うぐらい、
おまえらの雰囲気は、寄っていきたくない、う○こ色のオーラが出てるからな(笑)。

おまえら、また、1年、くるくる○ーの呼吸、やり直し。修行し直せ!

来年からはちゃんと、目の前の子どもを、自分のあかんとこや、足らんところを直してくださる大先生と思って寄り添わしてもらえ!」と、喝を入れてほしいとのことだった(笑)

子どもの1人づつの性格の違いや、表現の違い、明るさの違い、言い方の違い、表情の違いは、

すべての寄り添う側の大人にとって、すでに忘れてしまった、ガキのころのピュアな気持ちが、

その違いの奥には、一生忘れてはならない大事な点として、潜んでいる。


ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 350 は…  (^∀^)

☆聖女ニーノ
この聖人は、キリスト教をジョージアに伝えた少女奴隷。その宗教的敬虔さがジョージア王や王妃を感動させ、ジョージアはキリスト教国となった。
◯属性: なし
(この聖人が守護する対象: ジョージア(グルジア))
(この聖人のゆかり: 〜335年。4世紀のこと、カッパドキア出身の少女が捕虜となり、女奴隷としてジョージアへ連れてこられたが、キリストの名において病気を癒したことで注目をあび、ジョージア王妃の病がニーノの力で治ったことや、ジョージア王も狩りの途中で道に迷ったとき、キリストに助けを求めて無事に城に帰ることができたことから、キリスト教への信仰が生まれた。王はニーノの指導のもとに教会を建て、コンスタンティヌス皇帝に聖職者の派遣を依頼した。これがジョージアの王子バクルによって語られた物語である)

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