FC2ブログ

あたまカラッポの強み(笑) ・・・☆☆☆

  • 2020/08/14(金) 03:33:09

きょうは、お盆初日に、大安吉日となった。

各家庭のご先祖様方も、こっちに還ってこられて、
「なんじゃ この暑さわぁ」と思われたことだろう。

そんなおり、午前、午後、夜、夜中と、人と会っていたが、

昼間に、赤坂の日枝神社で、二礼二拍手一礼にあがったら、

ここは、北の大地か?と錯覚するような、湿気の暑さが消え、ものすごく、身体が、さわやかになった。不思議である。

人と出会うとき、今、お互い、コロナを心配するが、この、さわやかな空気が、移すことも、移されることもない感じがした。

きょうは、人と会う、移動のあいだ、あいだで、
「戦の國」
「終電の神様」
「父滅の刃」を読めた。

この3冊、どれも、心にヒットした。3冊とも、ヒットするなんざあ、めずらしい。

これも、日枝神社の、猿田彦様のご利益のおかげだろう。

お盆で、なんか本を読みたいと思っている人は、終電の神様なんか読むと、
相手のことを思っているようで、

その思いのなかに、自分がそれまで生きてきて、身につけてしまった「がんこな価値観の自分」が、

自分にも、相手にも、思いが、つながらないことになることを、良いと思ってしてしまいがち。

のちに、
あぁ、この価値観を、捨てれば、
または、この価値観が、変われば、
または、この価値観は、違ってたと、もっと早くに気がついていれば、

まっすぐ、伝わったのに、と いうことが往々にして、起きたりする。

この物語は、そんないくつかの点に気がつけるヒントがもらえると思う。

この物語とは関係ないが、ついでに言うと、思いやりって、基本、浮かばれないから、美徳になるのだが、

現代の人は、浮かばれないと、
思いやってあげたのに と、怒る人が多いから、やっかいである。

これ、なにに気がついていないかっていうと、
思いやってあげてる分、わたしのことも、思いやってよと、損しないような かけひきをしている価値観に、自らが、気がついていないのである。

それでは、何度思いやっても、美徳につながる思いやりには、なかなか、ならない。
そして、さらに、相手に、真意は、伝わらない。

人と人のことで悩む「わたし」のタイプの人は、自分の価値観のアヤや、ほころびに気がつかないうちは、何度でも、悩むことになる。

なぜ、気がつかないか、それは、

わたしの人生のなかに、あたまカラッポになる、楽しい仲間との触れ合いがないから。
あたまカラッポの人を、内心バカにして、つき合って来なかったから、なかなか、自分の抜けてることに気がつかない。

底抜けに 明るく、あたまカラッポのヤツが、仲間にいると、いいよ(笑)。
「今日から俺は!」の主人公、三橋みたいなヤツが(笑)。

その仲間がいないなら、自分が、あたまカラッポになるひとときをつくればイイ。

このお盆、ご先祖様に手を合わし、わたしが、明るいくるくる○ーになれるよう、導いてください、と お願いすれば、意外に、導いてくれるかも(笑)。


ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 227 は…  (^∀^)

☆聖タルシキウス
この聖人は、聖体のパンを運ぶ途中、異教徒に見とがめられて殺された少年殉教者。
◯属性:なし
(この聖人が守護する対象:少年労働者、宣教師)
(この聖人のゆかり:3世紀、聖別された聖体のパンを運んで街を歩いているとき、異教徒に出会って、調べられ、聖体を出すように言われたが、これを断固拒否したため殺された。
また、この日は、聖母マリアの被昇天の日である)

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する