FC2ブログ

東のお伊勢さんに、招かれて・・・☆☆☆

  • 2020/08/03(月) 05:10:20

朝から、むちゃくちゃ イイ天気。

そんな朝、秋田の のぼうが、イイ笑顔で「おはようございます」と、高級SUVのラグジュアリーカーでお出迎え(笑)。

今年、ねずみ年は、コロナでなければ、本来、来月は、人生修行の旅は、日本一の神社にて、
向こう12年の平和と健康を祈願する予定だった。

でも、別名、西のお伊勢さんから、
「もぅ少し 修行を積んできなさい」と謂われんばかりに、時世の自粛の流れを鑑み、
断念することになった。

であれば、西のお伊勢さんは、無理でも、
コロナの早期完全終息、また、おれの息がかかっている みなさんの厄疫厄除で、コロナにかからず明るく年末まで過ごしていただくために、

東のお伊勢さんが、ドライブの距離であるではないか(いや、いや、いくら、ドライブの距離とはいえ、恐らく、秋田県民は、そこまでドライブしようとは、なかなかならないことだとは思うのだが(笑))と、
ひょんな話しの巡り合わせにあやかり、お詣りにいこう、という流れになった。

すると、不思議なことに、このイイ天気、コロナとは言え、夏休み最初の日曜日、
もう少し、高速道路に、ファミリーカーの家族連れが出ばっても良さそうなものだが、
われらの、貸し切り状態で、予想より、1時間強も早く着いてしまった。

そして、神域中の神域手前、御神体のふもとまで、わずか5分のバスにゆられ下車。

そこから、参拝処まで歩き、日本に幾多の神社あれど、かつての名俳人、あの松尾芭蕉に、
「語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな(ただ、清き願いを届けたことさえ、誰にも語らず、この参拝で、たもとを濡らし、乾ききったとき、その願いは、叶え届けられる。なんと、一願のすばらしきかな)」と、唄わせただけある神域のため、
参拝するにあたり、ここでは、先に、裸足になり、世情の罪穢れを祓い、身ひとつで、祈願するものぞとの参拝儀礼がある神社だけに、

受付で、こうべを垂れ、御祈祷を受けてからでないと、正殿に入れないという神社で、

さすが、東のお伊勢さんと、古えより謂われる儀礼を受け、正殿に裸足で向かった。

正殿では、三度唱えを行なってからでないと、願いは、謂えぬ。

心をこめ祈願したあと、正殿奥にある、御神体まで、
湯が流れる岩の湯道をあがり、御神体正面まで、お詣りにあがり、
さらに、日頃のありがたき気持ちを添え祈願。

そして、今月は、お盆で、ご先祖様たちをお迎えする月でもあるため、
故郷の家族を、日頃から守ってくださっているご先祖様方に、
ローソクと、お線香を焚き、ご念珠。

すべての参拝を終えると、天国にある温泉から出てきて、幸せの極みで、しあわせすぎてふわふわと気持ちイイ感じに包まれた。

やはり、東のお伊勢さん、われらが、来るのを待ってくださっていたのである。

ありがたや、ありがたや。

正殿をあとに、参道を通り、足湯場へ。

熱めの湯であったが、足裏から、かなり濃いウィルスだろうが、世に恐ろしき菌であろうが、
そなたたちを、我が湯が守ってしんぜよう!との、熱き神力を注がれる湯をいただき、
さらに、気持ちイイ状態となった。

そして、くつを履き、バス停まで向かう帰り、

なんとなんと、道わきに、山神様(目のキレイなアオダイショウ)が、
我らだけに、
「よくぞ、きょう、詣られた。また、来てくだされ。お待ちしております」と、送りに来てくださった。

なんと、ありがたきこと。

この場、今も、山伏の修行の場でもあるが、山神様に、逢えるは、
七詣り(1年のうち、山が開山される期間がわずか、5ヶ月しかないため、そのあいだに七度詣りにくること、七年)で、一度逢えるか、逢えないかと謂れる 山神様に、
われらは、今日、逢えたのである。
これを、今だ逢えぬ山伏が聞いたら、なぜ、おまえたちが逢えるのじゃあと、ホラ貝をわってしまわれるかもしれぬほど(笑)、
超レアな、見送りを頂戴することになった。

平に平に、ありがとうございます。

そして、東のお伊勢さんをあとにし、まったりしたまま、三神合祭殿がある、羽黒山神社へ。

これまた、われらの貸し切り参拝となり、

2年前、われらは、ここの本殿にて、ご祈祷を受けているため、

そのお礼詣りと、世の安寧を叶え給う祈願を、心をこめさせていただいた。

帰り道、太陽こと、アマテラスオオミカミ様が、夕焼けで光りの道を敷き、
「あきちゃん、今日は、ありがとね。例の件は、わかりました。あきちゃんは、あっちの件、よろしくお願いしますよ」と 告げて、水平線の向こうへ、お休みなさった。

そして、トンネルを抜けると、今度は、ツクヨミノミコト様が、東から
「あきひろ、今日は、おつかれさん。あの件では、世話になった。今度、なにかでお返しするから」と、現れた。

なんとも、神々は、お戯れが、好きなようで(笑)。

まだまだ、そのあと、水晶が、授かるドラマが起きるのだが、

天から、先週、ある能力(ちから)を授かり、余りあるドラマが日々、やんわり起きるので、
その話しをすると、またまた、かなり長くなるので、

また、縁あるとき、縁ある人たちに、おはなしさせていただきたいと思います。

のぼう、軽くとかいて、やんわりと読む、その心は、
「あー、きょうは、2コも 仕事した。ふぅー、よう仕事したなぁ、よし、きょうは、
モスで、フィッシュバーガーと、コーヒーシェイクのSでも、月見ながら食べて、卍解(ばんかい!)」です(笑)。

おつかれさん☆☆☆


ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 216 は…  (^∀^)

☆聖ジャン=マリー・ヴィアネー
この聖人は、記憶力がわるくラテン語を覚えられず、なかなか司祭になれなかったが、大革命のキリスト教、弾圧時代にあえて司祭を志した農夫。
◯属性:なし
(この聖人が守護する対象:司祭)
(この聖人のゆかり:1786~1859年。フランス・リヨンの農家に生まれ、フランス革命の混乱で人々の霊魂を救おうとしたが、教育を受けていなかったので、バレー司祭につき、すべてを一から教わり、ついに29才のとき、信心深さと善意が認められ叙階された。1818年、アルス村の主任司祭とされ派遣されたとき、数々の奇跡を起こし、多くの人が詰めかけた。最後の1年は、巡礼者が10万人も訪れたという)

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する