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優しさは、常に、訓練がいる ・・・☆☆☆

  • 2020/07/10(金) 02:26:07

きょう、大安吉日は、午前中から、

「あのね、優しさを、身につけるためには、大人も、子どもも、訓練がいる」と、

優しさについて、わかりやすく、説いていた。

優しさは、外見や、口調や、態度で、決めてしまうと、一部の人は、思いこみや、偏見で、見落としがちになったりするが、その人が持つ、ほんとの優しさに気がつかない。

性善説の視点の 小ばなしに、赤ちゃんが、井戸のへりに足をかけて、今にも井戸のなかに落ちそうなシーンを目撃したら、その人は、手に持っていた大事なものを、パッと離してでも
助けようとしてしまう、と言うのが、人間の身体には、理屈関係なく、宿っているという話がある。

その身体に宿る善行の種を元に、3才ぐらいから、怖い夢を見て、母に抱きしめられたり、
ころんで泣いたとき、母に、なぐさめられながら、手当てしてもらったり、
いろんな「優しさ」を、体験する。

少し大きくなって、小学校の低学年ぐらいで、友達4人といて、前に歩いていたおばちゃんが、物を落としたところを目撃した子が、パッと走って、落とし物を拾って、おばちゃんに渡したら、そのおばちゃんが、喜んで、お礼に、板チョコをくれた。

そのとき、なんのためらいもなく、板チョコを、他の友達3人にも、分かち合えるか、合えないかが、
その子が、それまで優しさに触れてきて、今度は、自分自身での、
「優しさ」の、実戦訓練の始まりになる。

そうやって、その年齢、その年齢の、先輩、後輩、友達など、自分の身の周りの人間関係で、
さまざまな、「優しさ」を、自らが行なっていく、訓練をしなければ、
自然な形の「ほんとの優しさ」は、身につかない。

今は、「優しさ」を、自らは、実戦することを出し惜しんだり、自分は優しいほうだと思っているだけだったり、まったく訓練することなく優しさを、求める比重が相当高い人が多くなった。

身近な人の様子が、なんか様子が変なとき、その様子をみて、
勇気をだして、良かったら話しを聞くよ、と声をかける優しさもあれば、
今は、そっとしておいてあげようという優しさもあれば、
「なにが、あったかしらないけど、今は、やることをやれ」と、叱咤激励する、優しさもあれば
母が、いろんな辛さや、悩みを抱えながら、我が子の前では、常に、明るく笑顔でいてあげる優しさもある。

優しさは、パターン化ができない。

コロナ禍の日々であっても、いろんな人に触れ、その人、その人で、
今、必要な量の「優しさ」を、何度も実戦訓練して、
相手の負担にならないよう、そっと、自然に差し出せる人間になりたいものである。

   
ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 192 は…  (^∀^)

☆聖ベネディクトゥス(ベネディクト)
この聖人は、修道院生活の憲法ともいえる「ベネディクト会則」を書いた大修道院長。
◯属性:割れたグラス
(この聖人が守護する対象:ヨーロッパ、学童、教員、建築家、坑夫、銅器製造業者、洞窟探検家、死にゆく人、熱病、炎症に苦しむ人、毒を飲んだ人、結石に苦しむ人、妖術を使われた人
(この聖人のゆかり:双生児の姉(妹)はのちにベネディクト会女子修道院を設立した聖女スコラスティカ。14才で勉学のためローマに向かうが、誘惑をたつため20才で山の洞窟で厳しい禁欲生活を送った。ベネディクトゥスの名声を慕い多くの青年が集まってきて12の共同体を設立した。529年、ナポリ近郊に移り、そこで、清貧、高潔、従順さに成る「ベネディクト会則」を打ち立て、以後、ヨーロッパの修道院の規範となり、キリスト教文明のバックボーンを為した。

この記事に対するコメント

「相手の負担にならない」やさしさ
が一番難しいですね😌
これは、繰り返し経験するしかないと思います‼️

祖父母や親にしてもらった
良いことは受け継ぎ
嫌だったことはしない
これを繰り返せば…何代目かには普通の親子関係を築けるかな?と思って子育てしています😅
何でも 日々繰り返しと勉強ですね😌
感性をアップデートできる柔軟性を持って 歳を重ねたいです😌

いつも楽しいブログをありがとうございます‼️

  • 投稿者: まめぞう
  • 2020/07/11(土) 13:10:35
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