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自信がどれだけ在ろうが、天の下では、礼儀正しく 謙虚に ・・・☆☆☆

  • 2020/06/25(木) 02:34:01

きょうは、 A学院大学の、T先生と会って、

バカばなしから、世相から、ジェネレーション・ギャップから、恋愛や、コロナストレスや、コロナ離婚、健康管理、社寺仏閣、聖人の奇跡ばなし、礼儀や謙虚について、多義にわたり、わいわいお話してた。

おひらきが近くなったころ、それまでにもT先生が 笑うたびに、セキこむので、
「それ、もぅ、確実に コロナやから、早く、医者に診てもらって確認したほうがええよ」というのだが、
本人判断の「大丈夫、ほんとに、ぼくのこれは、エアコンで、冷やしすぎてのものだから」と。

「その自己判断の自信は、どこからくんねん。自信は、自信を持つって表現するほど、本人が持つものやけど、手に持つものやないからなぁ。ちょっとしたことで、自信は、持ってたはずやのになぁ、どこいったんやぁ?って 失くしやすいから、注意しーや。一旦失くすと、自信失くしたぁーって口グセにもなるし(笑)」というと、

「あきちゃんと、たまに、こうやって話すと、今みたいな分かりやすい表現がバンバン飛びだすから、好きさぁ。ほんとだよね、自信って、持つとか、持たないとか、いうのに、手で持ってないから、よく、失くすよね(笑)」といいながら、ゴフっ、コンコンとセキこんだ。

そこから、「自信について」、大論議になり、

約2時間弱しゃべって、おしまいに、
「だから、おれが、最初に その自信は、どこからくんねんって いうたやん。
自信は、身体のなかから、わくねん。湧いてくるもんや!わかったか」というと、

「えっ、あっ、そうか、いろいろ言ってきたけど、そうだ!自信がわいてきたとか、
確かに、言うね、言うよね、いや、まいったね、じゃあ、おれの身体のどこから、
湧いてくんだろ?」

「Tちゃん、ガキのころ鼻垂れボウズやったんやから、鼻みずが出てくるとこから、
Tちゃんの場合、湧くんやなくて、自信が、そこから、鼻水みたいに垂れてきてんねん。がはははは」

「えっ、おれ、自信、垂らしてんの。ってことは、まだ、おれ、ガキってことじゃん(笑)」

「そやで、ガキは、大人の言うこと聞くもんや。目の前にいる、立派な大人が、もぅ一回言うたる。早く、医者に診てもらえ」

「くぅーっ、結局、そうなるのか、わかったよ、明日、知り合いの病院行くよ。
でもさ、もし、陽性だったら、あきちゃんも、やばいよね!そのときは、一緒の部屋で、入院しようね」

「あほか、なんで、中年のおっさんと一緒の部屋やねん。それやったら、上野動物園のシャンシャンと一緒の部屋に入れてもらうわぃ(笑)
それに、おれは、かからん」

「あっ、言った。いっちゃった。今度は、おれの番だね。その自信は、どこからくんのよ?(笑)」

「あぁ?なんじゃ、そのしてやったりの口元は。残念でした、この自信は、すでにあるもんや」

「えっ?!なにそれ、どういう意味?」

「なんじゃ、わからんのかぃ。自信は、他に、自信あるともいうやろ、存在の在って書いて、自信在るやつは、自信を持たんでも、自信が、すでに在るから、
Tちゃんのコロナが、すでに おれの身体に入ってても、おれの身体のなかで、
うわぁ、こいつ、コロナにかからんって自信在るヤツやん、えらい身体に入ってもた、
あああ、もぅ死ぬーって、自信があるやつの身体に入ると、
次々に、死んでくねん。そんなもんや、ウィルスなんぞ、がはははは」

「あきちゃん、それ、ズルいよー。でも、そうか、自信が在るね、確かに、言うわ。
今の話し聞いてさぁ、じゃあ、おれは、自信持つほうがいいか、自信を湧かすのがいいか、
自信在るっつったほうがいいか、どれがいいかなぁ?」

「Tちゃんは、明日診てもらって、陽性がでて、自信を根元からポキっとおられて、自信を失くして、帰り、夕陽にむかって、もぅおれは金輪際、自信は持たねーって叫んだほうが、
心にも、身体にも、ええよ。がははは」

「はいはい、わかりましたよ、自信を、無くせってことね」

「そうそう、それのほうがお天道様の下で謙虚で生きれる。
天の下(もと)では、自信を持つより、謙虚を持つほうが、これからは、ええよ、
おれみたいに!がははは」

「誰がだよ!」と、

セキしてるくせに、マスクもつけず、この神様に会おうとした、鼻垂れバチあたりに、
バチを、さんざん当てて、帰ってきた(笑)。

   
ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 177 は…  (^∀^)

☆聖アンセルム
この聖人は、悪行を断固として許さない厳しさをもったフランスのグランド・シャルトルーズ会総長。会の発展立役者。
◯属性:なし
(この聖人が守護する対象:なし)
(この聖人のゆかり:30才のときグランド・シャルトルーズ会修道士となり厳しい生活を送ったが、わずか2年で修道院長に選ばれ、以後24年間、熱心な指導によってさまざまな厳しい改革を行い、女子修道院も設立し、モーリエンスのフンベルト伯爵の悪行を許さず、破門に処すなど、妥協を許さない司教として知られた。リンカーンの聖フーゴは、彼の弟子である)



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