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わたしは、わたしのことを、ほん の少ししかわかっ ていない自覚を持 つことが、真ごこ ろあるコミュニケ ーション力をつけ る ・・・☆☆☆

  • 2020/05/29(金) 04:44:01

きょうは、生きていると、日常で、いろんな間違い や いろんな過ちを、やらかしているのに、

どうして、そこまで、
「わたしは、間違ってない!」と、言い張れるのか、

また、そういう一面を見せるかと思えば、

しょっ中、「大丈夫かなぁ、うまくいくかなぁ」と、不安になったり、心配したりするのか、

その、気持ちの振り幅は、わたしが、いったい どういう「心の有り様」なのかについて、おはなし してきた。
 
なんで、おはなししにいくことになったかというと、

ある女子大で、コミュニケーション力について研究している准教授のWから、
「というわけで、あきひろ先生の考察を、ぜひお伺いしたいの~」って、要望があり、

「いや。おまえの その 田中みな美みたいなしゃべり方は大間違いやし、おまえの存在自体、すでに、過ちやから、行かん。以上」

「あぁ~ん、いつも、あきひろ先生は、わたしに、いじわるなんだからー」

「おまえ、ほんまに、病院で診てもらえ、マジで!おれじゃない講師に頼め」

「わたしは、健康ですーっ。それに、あきひろ先生じゃないと、いやだもん。あっそうだ、じゃあ、女性同士のそういう間違いや、過ちって、女性同士は、感覚的にわかりあえるコミュニケーションを取り合えるんですけど、以前、あきひろ先生が言っていた、それでは、異性とのコミュニケーションは、うまくいかないって部分について、おはなししてください、それならいいでしょ、ねっ、お願いしますぅ」ってことで、行くにつけ、2つの条件をつけ、それをのんだので、行くことになった。

Wの司会で セミナーが始まり、1つ目の条件どおり、Wを会場の外に出し(笑)、

2つ目の条件の 学園事務に勤める、すっきりイケメン32才のS真に、異性役として前に出てきてもらい、

あらかじめ、受講生に出していた宿題2点を、氏名つきで、書いてもらっていた用紙を読みあげながら、

「間違ってない!」点と、
「大丈夫かなぁ」点で、 

S真には、「女の恐さ」を学んでもらいながら、手伝ってもらった(笑)。

最後に、みんなで、
「わたしは、たくさん、間違っていましたぁ、もぅ、わたしは、間違っていないと、いい張ることはしません。

と同時に、大丈夫かなぁと、何につけ、心配することはしません。

なぜなら、W先生みたいな、おんなに 決してなりたくないからです」(大大大爆笑)))))

と、大声でほえたら、

Wが、「ひどいですー」って、ドアから入ってきて、

超超超大爆発大爆笑))))))で、おちぃーまぃ(笑)。

W、ああやって、コミュニケーション力をつけてあげやんと、
女性同士は、
「ほんとの-わたし-を、わたし自身が発見できやん」からな。

きょうの、キーワード「真ごころ」を、修行しなおしなさい。

また、おまえ抜きなら、いったるわぃ(笑)

それと、S真に、
「おんなの恐さは、自分自身でも、思ってもいなかったことを、その瞬間、瞬間で、立ち振舞えるところにあるから、コロナより、恐ろしいから、重々 注意して ソーシャルディスタンスを取るようにな」と、よろしゅう伝えといてくれ(笑)。

帰り道、西の空に、三日月が、
「あきちゃん、お願いだから、わたしには、ソーシャルディスタンスを取らずにいてね」と、ほほえんでくれていた☆


     
ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 150 は…  (^∀^)

☆聖女ジャンヌ・ダルク
この聖人は、「オルレアンの少女」と呼ばれるフランス救国の聖女。
◯属性:白に鎧、白ユリ
(この聖人が守護する対象:フランス、仏ルーアン、オルレアン、陸軍兵士、電報とラジオ)
(この聖人のゆかり:本名ジャンヌ・ラ・ピュセル(処女ジャンヌという意味)。ドンレミー村で「家事なら誰にも負けない」というごく普通の少女だった。当時、フランスは英仏百年戦争に加え、国内では王族が分裂し、危機的状況にあった。幼い頃から信心深く、祈ることを常に忘れず、祖国のために熱心に祈っていたが、13才のとき、突然、光に包まれて「フランスを救え!」という天使と聖人たち(聖ミカエル・聖女カタリナ・聖女マルガリタ)からの啓示を受けた。王太子シャルル(後のシャルル7世)から軍を率いる許可を得ると、白い鎧で馬にまたがり、イエスとマリアの旗を掲げて戦いに立ち上がった。1929年5月8日にイギリス軍に包囲されていたオルレアンを瞬く間に解放し、ロッシュ、ボージャンシーなどの戦いで次々に勝利し、7月17
日にはランスで王太子をフランス王の位につかせることに成功した。その後、パリ解放に失敗し、コンピエーニュを支援中に、味方のブルゴーニュ軍の裏切りでイギリス軍に引き渡された。そのとき、まだ19才であった。ルーアンで宗教裁判にかけられ、魔術と異端の判決を受けて火刑に処せられた。のちに、教皇カリスト3世の手で再審が行われ、無罪の判決によって名誉が回復され、フランスの守護聖女となり、今では世界中で称えられている)

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