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道徳は教わるのではなく 習うもの ・・・☆☆☆

  • 2020/04/29(水) 01:05:07

この国には、かつて、小学校の科目に「道徳」があった。

今、20才以上の大人が もう一度、見習いの白帯から、

初段の黒帯になるまで、道徳を「習う」必要がある。

道徳の授業を受ける形ではない。

すでに、大人になっている人に、教える側、教わる側の授業形式で勉強しても、なかなか、「心」に入らない。 
たぶん、免許更新の講習みたいなもんで、ほとんどが、聞いちゃいない(笑)。

道徳は、「頭」でわかっても、その人の日々の実践で活かされないと意味をなさない。

道徳は、肌身から沁みるように「習う」形式で学ばないと、「心」に入らない。

コロナ終息にむけ、多くの人たちがステイホームをするなか、

誹謗中傷をする大人や、心ないことをする大人が、あとをたたない。

テレビのコメンテーターのなかに弁護士をいれていても、

その弁護士が、
ひとりの日本人として、「心は錦」を宿した人物とは とても思えない発言の数々のため、 

見ている側の茶の間は、テレビで、習うこともできないほど、
「道徳」がわかっちゃいない発言しかしない。

もし、志村けんさんが、「道徳」の番組のMCをしてくれたなら、

恐ろしい視聴率をたたきだす番組となり、

みんなが、ひとみばあちゃんのコントを通じて

道徳を「習う」ことができただろう。

みんなががまんしているときに、

自分も、がまんせねばと、人から言われるのではなく、

自分自身から発して決意し、

その決意したことを しつづける意志が、

「道徳の芽」である。

このおっさんが、SNSがちょちょいのちょいで、できれば、

へんなおじさん、おいらん姉さん、だいじょうぶだぁじじぃ、
ひとみばあちゃんなどに扮し、

これから令和でも必要となる、
「わすれちゃなんねぇ!心は錦の道?徳(どぅ?とく)」講習チューバーするのになぁ(笑)

でも、だれも見やんか(笑)

みなさんのなかで、小学校時代の「道徳」の教科書を まだ持っている人がいたら、ぜひ、ステイホーム中に 読みなおしてみてくださいな。

     
ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 120 は…  (^∀^)

☆聖ピウス
この聖人は、ルネッサンスの時期にカトリックの反宗教改革を行ったローマ教皇。ロザリオを掲げてオスマントルコと戦った。
◯属性:ロザリオ
(この聖人が守護する対象:マルタ共和国のヴァレッタ、伊ボスコ・マレンゴ)
(この聖人のゆかり:正義感が強く厳格な態度で教会改革を実行した教皇。15才でドミニコ会修道院に入り、24才で司祭に叙階され神学生に哲学と神学を教え、その非凡な才能が認められローマの宗教裁判長官、枢機卿、モラドヴィの司教を務め、人々の信頼を集めた)

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