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伊勢神宮の小咄 ・・・☆☆☆

  • 2019/12/28(土) 03:02:05

きょうは、朝には雨があがっていて、でも、ねずみ色の雲は、空にかなり残っていた。そのねずみ色の雲間から、日が射したり、じゃまされたり。昼から、きつねの嫁入りがあった。 
そんな入れ替わりの激しい天気の原因は、北風。

1日、冷たい 北風が ぴーぷー吹いていた。

伊勢の地には、西に 鈴鹿山脈が連なるため、
鈴鹿おころしなる、風が吹く。

これが吹くと、
あぁ、また冬の風っ子が、天照大神様のもとへ、やってござったなぁ と
昔、おばぁちゃんらが よく言っていた。

ちなみに、この風っ子様を守る神、神風をおこす神が、外宮の風宮に祀られている。

来年は、干支始まりのねずみ年。

干支始まりに、伊勢詣りをすれば、向こう12年を照らす、と云われている。

ひょっとして、来年に、伊勢にお詣りにいこうとしている方がいるかもしれないので、
これも、縁と思い、ちょっとだけ、
なぜ伊勢の地を、天照大神様が、至高の聖地に選ばれたのかっていう小咄をしよう。

数々の審議の種を生んでいる日本書紀に書かれた内容なので、いささか真実味には欠けるが、

垂仁天皇の時代のこと、天照にふさわしい地を巡幸することになり、
大和の地より、伊賀、近江、美濃、尾張を巡り、伊勢に着いたとき、

オオミカミ様が、「この國にいたい」と言った、とある。

つまり、単純に、伊勢が、気にいったのである(笑)。

伊勢國は、当時、大和の地から、太陽が昇る神聖な方位となる「東」に位置していたのもあり、

そこで、オオミカミの発言を受けた ヤマト王権は、この地を太陽信仰の霊地とし、天照大神を祀るようになったのである。

伊勢は、それ以来、大小さまざまな神を祀る神社、125社を拝す、
大神社の総称を「伊勢神宮」と云うようになり、

正式には、「神宮」とだけいう。

その中でも、別格中の別格となる二つの宮が、

皇祖神とされる天照大神を祀る 内宮 と、

そして、その内宮への衣食住、または産業の興りとなる 豊受大御神を祀る 外宮 という。

内宮、外宮は、他の神社でいう本殿のことを「正宮(しょうぐう)」と呼ぶ。

古しへより伝わる ならわしは、日本最強の神域をまわるとき、

外宮にお詣りし、そして、内宮をお詣りすること、となっている。

また、ついでにいうと、伊勢音頭に唄われる詞のなかに、

「お伊勢まいらば、朝熊(あさま)をかけよ、朝熊かけねば片まいり」という詞があるが、

この三重県伊勢市朝熊町に、伊勢神宮の鬼門の方角からの邪気を封じるため、
今や、日本三大 虚空像菩薩の第一位として、福徳、威徳、智徳の三徳のご利益を有する菩薩を御本尊とする 金剛證寺が、建立され、

外宮、内宮を詣ったら、朝熊岳に鎮座する この金剛證寺もお詣りして、
ようやく、「伊勢詣りをしてきた」ということができることも、知っておいていただきたい。

さらに、時期同じくして云われるのが、
「伊勢に7度、出雲に3度、お多賀さん(愛宕様)には、月詣り」と云われるため、
お伊勢詣りをした帰りに、滋賀の東側にある、多賀大社をお詣りするのがならわしである。

なぜなら、鈴鹿山脈の西側にある多賀大社は、
アマテラスオオミカミ様のお父さんイザナギ様 お母さんイザナミ様が、祀られているから、
そちらにも、ごあいさつ詣りすることは、より丁寧な
お伊勢詣りとされている。

まぁ、この小咄を覚えておいていただけば、

日本一の絶大なご利益が授かることでしょう。


伝説を信じる人には、伊勢音頭の最後の詞、
「めでためでたの若松様よ、枝も栄えて 葉も茂る」ような隆昌があると云われている ・・・ (^o^)


きょうの吉兆の報らせを運ぶ、吉鳥は

△ ハヤブサ  吉鳥ことば・・・超越   


                     
  

この記事に対するコメント

感謝の気持ちを込めて

あきひろさん
今年も、本当にお世話になりました
ありがとうございました
至らない、未熟な私たちに、
これ以上噛み砕けないくらいまで噛み砕いてくださり、
しかも
同じことを何回も何回も説いてくださり、気づかせてくださり、
本当に本当に、
ありがとうございました
感謝の気持ちでいっぱいです

来年は、干支始めの子年
おかげさまで深まった、
大切な仲間たちと、
お伊勢詣りに行く機会に恵まれましたらこれ以上のことはありません
そのためにも
ますます修行を重ねて行きますので2020来年も
どうぞよろしくお願いいたします
m(_ _)m

あきひろさんも
よいお年をお迎えください

  • 投稿者: 白ゴマ
  • 2019/12/28(土) 10:02:14
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