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幼い見解 ☆☆☆
- 2019/04/17(水) 04:45:08
きょうも 春らしい さわやかな晴れとなった。
今、これだけ、ちまたの情報が飛び交うと、
本当に 自分に向いていることや、したいことを、自分で感じて、自分で見つけられない若い人が むちゃくちゃ増えた。
「ぼくは、なにが向いているのか よくわかんないっす」とか
「わたし、なにが向いてるのか、ずっとわかんないんです。あきひろさん、なんか、わたしに向いてそうなの教えてください」とか
きょうも、23才の大学を出て 無事、有名IT企業に就職して、
まだ、2週間しか出勤してないのに、
「わたしには、この仕事は、向いてないんだということが、会社に入ってよくわかりました。やめようと思うのですが、あきひろさんは、どう思いますか?」との相談を受けた。
その際、自分に向いていないことに出逢い、すぐ辞めて、
自分に向いていることがなにか、わからないまま、
(これなら、良さそう)という感覚のまま、次なる職業に、就けたとしても、
また、現場で、自分に向いてないと感じたら、辞めるんか、おまえは?と、
本人に、自分には、まず、
自分に向いているのが なにかがみつかるまで、
堪えれるだけの心を、今、もっているか、いないかを、感じさせ、
結果、なにか向いてるかわからないまま、辞めずに出勤することにより、
あしたにも、意外に、わたし、これ 向いてるかもという、
仕事に出逢う可能性も、
仕事の中には 常にある、ことを示唆し、
本人も、かなり納得して、「あしたから、がんばります」と帰っていった。
昭和時代の生き物のぼくとしては、
自分に向いてようが、向いてまいが、ただ、働く
それしか、ない!という 働き方が あることを、
昭和時代に、ブレにくい訓えを、訓えてもらってて、
良かったと思う。
令和の時代には、自分に向いてるものに、せっかく出逢っておきながら、自分の感覚に合わないことが、たった1回、起きるだけで、
手離してしまう若者が増えるにちがいない ・・・(^o^)/
きょうの吉兆の報らせを運ぶ、吉鳥は
△ ヒレンジャク 吉鳥ことば・・・ 人生 半ば
- 日記
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