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母のわたしが、子育 ての前に、なにより、 わが子のいのちの重さ を知らないと ☆☆☆

  • 2018/12/01(土) 03:34:07

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうの勝浦の八幡岬の朝は、すみわたる、快晴。

ここ勝浦は、400年の長きにわたる、伝統の朝市がある。

その朝市は、日本三大朝市にあげられる。

そんな朝市を 散歩がてらのぞくと、冷えを吹き飛ばす活気があった。

それから、待ち合わせ場所に移動し、

市場でゲットした、肉厚のスルメをかじりながら、

移動につぐ、移動で、溜まっていたメールの返信をしていると、

数年前まで、邪気まるけだった、じゃ子が、窓をノックしてきた。

じゃ子のネーミングは、ちりめんじゃこ、そっくりな点と、邪気の点
が合わさってのこと(笑)。

6年前、被災者でもある じゃ子は、埼玉にいたのだが、
その慣れない土地での生活や、いろんな不安が重なり、2才になる息子に、なにかにつけ手をあげていた。

それを心配した友人が、僕を招く会を開き、その会のあと、
ちょっとした打ち上げの場に、じゃ子が、2才の息子を連れてきていて、「パシッ」と、息子をしばく音が聞こえたので、
僕が、打ち上げをほったらかし、じゃ子を、ど叱ったのが、縁となった。

それからは、少しづつ、母らしい一面が増え、

2年前、その息子が小学校にあがるのを機に、じゃ子のお母さん側の親戚の声かけで、生活の場を勝浦に移していたところ、
今年度、PTAに選出され、

今年度の始め、そんな負い目を感じている、じゃ子から、
「昔のわたしを見るような、ママがいるんだけど、今年度のどこかで、来てもらえませんか?」とのことで、今回の運びとなった。

「親のいのちから、つながった、わが子のいのち」と題し、おはなし。

前に出て、すぐ、目についた女性に、声をかけ、
「わが子、しばくたびに、自分のこころが、苦しくならへんか?」と聞いたら、一気に泣きくずれた。

次に、もぅ1人の女性のそばにいき、
「あなたの場合は、彼女みたいに、わが子、しばいても、自分のこころが苦しくなってないのが、大問題。本来、わが子は、愛すべき存在やのに、それを愛すこと学ばず、わが子をしばいて、自分のこころがイタまんとは、それは、あなたが、◯◯◯◯やから。今から、その根性ババ色の性根、たたき直したるから、しっかり、いのちの重みを、そのくるくる◯ーな頭にたたきこみなさい」と言ったら、
その女性も、目が潤んでた。

「えーっ、開始早々、場を氷つかせて、ごめんね。
わが子より、うんとか早く生まれてる年上の人間、しかも、母親が、愛すべきわが子、なんにもまだ知らんことだらけのわが子、無抵抗にならざるおえない弱い立場のわが子を、思いやらずに、しばくヤツ、オレ、大嫌いやから、ちょっと、締めさせてもらった。

で、ここからは、このおはなしを、ちょっと聞いてね」と言って、

めったに読まない1冊の絵本を読ませていただき、

すぐ次に、これまためったに読まないグリム童話の1つのおはなしを聞いてもらった。

その上で、わが子のどこに、イラッと きやすいか、ムカっと くるか、
そのたびに、どうして、わたしは手がでるのか、
心が大人として成長していないと、どうして、自制力がついていかないのか、

そんな点を、さっきの2名の母親に手伝ってもらい、実演しながら、言魂を飛ばさせてもらった。

途中、じゃ子にも参加してもらい、震災の朝と、夜で、平和な朝から地獄の夜とかした恐さを、話してもらい、

いのちを軽くしか捉えられなかった今までの母のわたしから、

いのちって、一期一会的、一期の重さ、日々の一会、一会ごとの重さがあるのかって、ようやく感じられるようになった、
これからの母のわたしへとなっていただけるよう、

「命」の漢字に入ってる意味も説き、

「わたしの命から、分けた命で、生まれてきてくれたのが、わたしの子」という、いのちのつながりをも、やさしく説き、

わたしが、わが子をしばくというのは、
わたしが、わたしの命の分身を、しばくことになり、
それは、自分の命を、自分でしばく、大罪のひとつであること、
その大罪を、母だけは、なにがあっても犯してはならない行為と理解し、
2度としてはいけない行為なんだと、
本人の脳裏に、刻名にやきつくよう、
言魂を、ヤンギヌスの鑓に変え、突き刺しておいた。

突き刺した上で、軽い命があるとするならばと、
もしもシリーズで数パターン実演させてもらい(爆笑)、

最後に、1冊の絵本を読ませていただいた。

そしたら、みんな、母らしい、あったかい涙を流してた。

じゃ子、ドラキュラのドラ子(最初に声かけた母)、根性ババ色のババ子(次に声かけた母)、K◯えちゃん、おキョン、Mっちゃん、

君たちは、年明けたら、
必ず、今までの大罪を犯してきた邪気を、
あそこに行って、ゴッソリとってもらって

身綺麗になって、来年は、懺悔しながら、清き1年目の年にしなさい。

じゃ子、おつかれさんなぁ。

きょうは、荒治療やったが、これからは、みんなで、
どうすりゃ、わが子と、笑いあえるか
アイディア出しながら、ワイワイ仲良くやってくねんで☆

ほななぁ(^-^)


良き 母の思い出を作ってあげられるのは、その子の母しかできない ・・・♪


335日目の名言は 
   
   ひとは いつかきっと死ぬ、
   しかし、いますぐ というわけではない
                マルティン・ハイデッガー  ◯                                                  
   ☆死は誰もがさけられない。でも自分が死ぬことを想像しても
    ピンとこない。リアルに想像することは、なお難しい。
    自分が死ぬという現実は、ほかの誰にも代わって                       
    もらえないのである。「死」は、自分で見つめ、
    受け止めるしかない。
    だが、死ぬまでに、母親からもらった愛情をもとに、  
    人は、一生の中で、人に触れ、
    たくさんのあったかいものをいただける
    一期一会にあふれているのである。 

 
  
  Good Luck (^o^)/

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