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これまでの たてまえ の自分と、これからの  たてまえの自分を、 考察してみよう ☆☆☆

  • 2018/10/17(水) 02:23:11

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうは、くもり のち はれ のち くもり。

人は、人の顔色を見て、自分の態度を変えたり、

自分より年下や、心のどこかで見下げている者の顔色はまったく気にせず、

自分の態度を一切変えなかったりするのはましなほうで、

年下や、自分より弱者には、強気の発言や暴言、無理なことさえ言ってしまう自分が表れる。

そんな自分が表れたり(表層的自我)、ほんとの自分が現れないようにしたり(深層的自我)するのも、

自分が、小さいころから 優等生を見てきたり、ああなったらおしまいだという人を見てきたりして、

自分がどのへんの位置にいるのが安全か、常に、人目を気にしてきたから、

ほんとの自分に仮面(ペルソナ)をつけることになる。

それでは、いつまでたっても、仮面を はずせない。

はずせないまま、ほんとの自分を、たった1回の人生で、表すことなく、現れることもないまま、終えることになる。

それは、ほんとの自分を、自分で、作ってこなかった人生とも言える。

自分に仮面をつけるのも自分、

自分の仮面を はずすのも自分である。

毎回でなくていい。でも、人生でいくつかやってくる大事な局面に出くわしたとき、

仮面をつけてない、ほんとの自分を現わしてほしいと、願う。

さらに、これから、すぐやってくるAI社会では、

自分も人も、いくつものフィルターがかかり、
ほんとうの「自分」を見せにくくなる。

それは、ますます、たてまえ社会が進み、仮面を、はずしにくくなるということ。

自分の仮面を、いつ はずすか、

誰の前なら、はずすせるのか、

自分で、自分を 真剣に見つめておいて損はないだろう。


良きか、悪きか、ほんとうの自分は、いつも すぐ判断している  ・・・♪


290日目の名言は 
   
   ペルソナとは 個人と社会の間に結ばれた一種の妥協である
                      C.G.ユング   ◯                 
   ☆建て前、肩書き、職業、私たちはさまざまなペルソナ(仮面)を
    つけている。本来の自分の個性ではなく、社会生活の中で
    つくり出された現実の自分の姿で過ごす。自分自身が求める
    理想像と、周囲の人が求める理想像との妥協点がペルソナを
    生む。だから、相手のペルソナを好きになっても、
    その人自身を愛したとは言い難いことがあちこちで起きる。
    そのペルソナは現実だが、「実在しない相手」とも
    言えるので、ご注意を。 


  Good Luck (^o^)/

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