弥彦神社のお膝元、 三条市と、伊佐須美 神社のお膝元、会津 美里町にて ☆☆☆

  • 2018/07/12(木) 07:35:04

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

朝イチで、弥彦山に出向いた。

天気は、青空がのぞく明るいくもり。

閑かな参道を歩き、本殿の前に立つ。

心をこめ、二礼四拍手一礼し、祈願。

30メートルを越える朱塗りの大鳥居を抜け、三条市中央公民館へ。

三条市児童厚生連絡協議会のSさんらに出迎えていただき、

定刻となって、おはなし開始。

みなさんの前に立って、会場のオーラを整えさせていただき、

まず、絵本を1冊読ませていただいた。

その上で、子どもたちの前に立つということは、

感受性ゆたかなミサイルの防弾の前に立つということ。

前に立った側の大人の感受性が乏しかったり、サビていては、
子どもたちのミサイルをもろに食らう。

その怖さを理解しないと、ただ、科目のこたえを教えるだけとなる。

それでは、教室の子どもたちの気持ち、心、精神、◯を、響かすことはできない。

それは、なにが足らないか、足らなければ、学び習う必要があるし、

また、なにが行き過ぎているのか、行き過ぎていれば、過ぎたる部分を断捨離する必要がある。

そんなあたりを ぼくの子どものころのバカばなしで、
大笑いしていただきながら、聞いていただいた。

最後に、目には見えないけど、確かにいる とある存在を

絵本を通し、自らの肌で感じていただこうと、1冊の絵本を読ませていただき、おしまい。

キーワードは、
まさこ と あきこの 「まじめさを、笑顔で見直そう!」です(大爆笑笑笑)))

みなさん、怖い顔から マルみある笑顔で聞いてくださり
ありがとうございました(笑)。

控え室での幹部のみなさん、コーヒーごちそうさま♪

どうか、笑顔と お弥彦さん詣りを忘れずに。

で、三条市が 終わり、

一人の悩める、娘っ子に逢いにいくため、福島は会津へ。

すると、岩代國一の宮 伊佐須美神社の大神事、
お田植え祭りの初日で、神輿が練り歩いていたので、

これはいいと思い、伊佐須美神社にしかない八方除の
とある お守りをゲットして、
娘っ子の家に向かった。

伊佐須美神社の神様のおかげで、無事、お守りを手渡しできた。

00ちゃん、
「自分がわるい」と思いすぎて、笑うことを忘れた「自分」を
これからは、しっかり大事にしてあげてやぁ。

忘れやんコツは、◯◯様の中に 空とぶ◯◯が見える、やぁ(宝笑☆☆☆) 


良き 笑顔は、子どもたちの感受性とリンクする ・・・♪


193日目の名言は 
  
   われわれが苦しむのは、土地の欠陥のせいではなく、
   われわれ自身の欠陥のせいだという事実を
   知らねばならない。
                   セネカ                       
   ☆苦労にしても快楽にしても、私たちは長くは耐えられない。
    どのようなことでも飽きるときがくる。そして、
    飽きることに耐えられなくなったとき、人は自分から
    気持ちが逃げ始める。新しい場所へ行くことで、自分自身を
    まぎらわそうとする。退屈を感じるのは環境のせいではなく
    人の性(さが)である飽きやすさ、その自分自身を修められるか
    修められないかにかかってくるのである。
 



    


   Good Luck (^o^)/

この記事に対するコメント

三条(๑˃̵ᴗ˂̵)

あきひろさん、再び三条行かれたんですね😃😃😃
しかも、中央公民館✨
昨年8月の、初の、新潟微人の会からのご縁ですか⁉️
素晴らしいですね✨✨✨
弥彦山にも行かれたんですね

私も帰ればよかったです😅😅

また来月、三条でご縁があったら嬉しいです😊😊😊


  • 投稿者: 雪ん子お嬢
  • 2018/07/13(金) 11:30:05
  • [編集]

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