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我が子のしたいこ とを させてあげた いと、思いながら 、わたしのみたい我 が子の姿に、親の プライドをかけてい ては、我が子の主体 性は萎える ☆☆☆
- 2018/05/12(土) 09:41:04
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
きょうは、かなり暑い日となった。
そんなおり あるお母さんが、我が子を5才のときから
スイミングスクールに通わせ、
小3の大会までは、その部門で、優勝つづきだった。
それが、ここ2年、大会では8位、10位とおちこんだ。
それまで、コーチも、このままいけば、オリンピックも夢じゃない、と言われた時期もあり、お母さんは、我が子に相当期待したのだろう。
でも、我が子は、スイミングより、別のものがやりたくなった。
それは、「卓球」である。
銀メダリストとなった水谷選手の試合をみた翌日、
友達に誘われ「卓球スクール」に体験でいったのがきっかけだった。
我が子は、お母さんに、
「スイミングは、もぅいいから、次は卓球がしたい。2つは月謝がもったいないから、卓球やらして」と、スイミングの帰りに
車の中でいったらしい。
それを聞いたお母さんは、びっくりしたのもあり大声張りあげ
怒ったのだという。
それからは、我が子のスイミング通いではなく、
わたしが、我が子を通わせて、オリンピックにでられるように
するためのスイミング通いになっていった。
我が子は、友達と、近所のお兄ちゃん的存在の子と、
しょっ中、無料体験の卓球に参加していることを
近所のお母さんから知って、また、ショックを受けた。
我が子は、ここ2年、態度でスイミングに行きたくないを示し、
母は、ここ2年、わたしのプライドにかけてオリンピック選手になるまで通わせることを示し、
まったく方向が、ちがう。
我が子は、お母さんは 2年前まで
「なんかあったらいつでも、いってよ」と しょっ中言ってくれてたので、卓球をしたいと言ったら力になってくれると思っていたらしく、
母は、「なんかあったら、いってよ」って言ってたけど、
スイミング上で人間関係や、レベルの高いコーチを探してほしいとかの意味でいっていたのであって、まさか、スイミングを辞めて、
卓球をやりたいっていってくるなんて思わなかった、と。
こんなとき、我が子を プライドにかけて
させる、させない、を母が決めていては、
我が子は、健全な発達ができなくなるし、
また、なにより、母と我が子の関係も、健全でなくなってしまう。
我が子は親の思う通りに育たず、期待どおりにもいかない、の云われ通り、
プライドにかけて育てるのではなく、
愛情にかけて育てられるよう、我が子とよく話しあって
愛情の組み換えを行い、我が子本人の主体性を活かせるよう
母の心境の組み換えも必要となる。
母主体の子育ては、我が子の意思や、主体性の木を枯らしたり、
折ったりする危険度が非常に高くなる。
よくよく、我が子に、過度な期待を持ちすぎないようにしたいものである。
良き 親子の話し合いは、我が子の目が、いきいきしている ・・・♪
132日目の名言は
わたしたちのうねぼれは、わたしたちの誇りが
傷つけられたときにこそ、もっとも傷つけられるのだ。
ニーチェ
☆自分の誇りが傷つけられたとして、深刻に受け止め激昂する
必要はない。自分の中にあったうねぼれが引っかかれた
だけだ、と軽くあしらうだけでずいぶん軽減できる。
普段から、自分がどれだけうねぼれていたか、傷つけられた
ときほど、チェックする機会を得るのである。
Good Luck (^o^)/
- 日記
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