☆不満が多い母親の子は、そこから生きる喜びを奪われていく…♪

  • 2017/05/05(金) 04:49:06

☆各国の先住民に関するシンポジウムに、お呼ばれし参加してきた。

3年後に、我が国で開催されるオリンピックまでに

ネイティヴジャパンのヒューマンの在り方で、今もって受け継がれているものには、なにがあるか、

それらを見つめ直し、

我が国が培ってきた お・も・て・な・し の質の向上を目指し 各国からやってきた人々をお迎えしようというものであった。

印象に残るのは、

ネイティヴアメリカンや、ネイティヴオーストラリアの家庭の在り方、子育ての在り方である。

かつて、この国の母親たちは、母親自らが、忍びがたきを忍び、その忍耐力のもと、
我が子は、世間様に迷惑をかけちゃなんねぇ処が どこか 叩きこまれて育てあげられた。

たが、今、母親が、家の中で いつも不満を口にし、
twitterで、不満をママ友同士でこぼし合う、
そんな、不満を安易に 言いあえる世に、この国は なってしまい、

常になにかしらの不満感覚を宿しているせいか
いつもイライラしている母親が大量に増えた。

そんな不満感覚を宿している母親のもとで 育っていく我が子たちは

その背中姿を 手本とするしかないので、

しなくても良い母親の真似をしてしまい、内でも外でも友達同士、不満を口にし、
友達と ちょっとうまくいかないだけで イライラした態度を露骨に出してしまい、

友達から
あいつ、うざくねぇ?と、けむたがられてしまい、

結果、浅い友達関係でさえ築けなくなっていく。

そんな不満の流れを宿した日常は

母も子も、不満から明るさを失い、少しの満足から得られたであろう喜びでさえ奪われる日々を送ることになる。

本来、母親は、我が子だけでも そんな日々を送らせないよう母親は、外から帰ってきた我が子の不満を聞く側の人であり

我が子の不満を聞いてあげて
心に不満をためないよに、取り除いてあげる側の人である。

不満を帯びている子は 喜びを奪う道へと簡単に入っていってしまうため

母親が その道にいかぬよう

母親自身が満足していることを きちんと折りをみて語ってあげるものであろう。

例えば 昔なら

「あんたが元気で、笑ってくれてたら、お母ちゃん あとは、なんにもいらなん。それが なによりなんよ」と、
心から その状況さえ叶っていたら満足であることを、節目節目で口にしていたものである。

今は 元気で 笑っている我が子に 満足する母親が減り

「笑ってごまかさない!とっととやりなさい!」と
無事、元気で笑って育っている我が子に 直接不満をぶつける母親が増えた。

それでは ネイティヴジャパニーズが 培ってきた

☆まごころ☆は 伝わらない。

まごころあってこその おもてなしや、もったいない精神である。

その まごころこそ、この国が 世界に誇れる<人の良さ>で在る。

とりあえず親が家の中では不満を口にせず、

我が子が不満を口にすれば
その不満を聞いてあげて

そして我が子に「不平不満を口に出せば切りがない」ってことを訓え

親は 我が子に
置かれた状況の中でなにができるか、できるものの中で、なにに満足していくかを経験から指し示すのが 親ってもんである。

不平不満は、いつの世にもあるが、それを万回口にしても なに一つ変わらないことを

まずは 親自身が、ちゃんと「大人の理解」をモノにする必要があるだろう。

ちなみにネイティヴアメリカンの母親たちは、

今もって、その日の晩、家族全員で、ごはんを食べられ、星あかりに、照らされた我が子の罪のない寝顔を見られたら大満足らしい…☆☆☆

それでは(^O^)♪

きょう5月5日は 子どもの日。

この日を飾る花は すずらん

花ことばは 繊細


☆子どもたちは 欲がないため 繊細的優しさを持つ。

大人は 欲を満たすため 大胆的おぞましさを持つ。
  ~ ブックドクターあきひろの名言より抜粋 ~(笑)

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