☆我が子にとって お母さんという存在は「この世の全て的存在」。それがのちに…♪

  • 2017/04/22(土) 03:27:01

☆生まれきた我が子が 少しずつ 日々 力をつけていく。

我が子が力をつけ、一人前になるまでは、

陰のささえがいる。

その存在こそ お母さんである。

だが、我が子が 学校にあがるころには

多くの陰でささえるはずのお母さんが 表に出てくる。

陽のあたる表からものを言う存在になり
我が子に 次はこれ

それが終わったらあれ と

表から 全面的に指揮をとる。

すると 我が子が つけるであったはずであろう力をつけず、

かなり片寄った部分だけ力をつけ、曲がったり、ゆがんだり、足りなかったり、ひずんでいくことになる。

我が子は そのうちに
「お母さんは、ちっともボクがしたいことをさせてくれない。なにが、なんでもいいなさいょ、だよ。ちぇっ*」と 思うことが多くなったり

「ママに、言っても無駄ぁ。ママは、自分が思うようにいかなきゃ すぐ怒るし。小さいころから わたしが したいことは いつもダメ。だから なにやっても ちっとも楽しくない」と 気分がさえなかったり

本来、ちょっとさせてもらっていさえすれば

我が子本人が おもしろければ 続け つまらなければ 次に チャレンジする ナチュラルでピュアな感覚力を どんどんつけたであろう。

我が子にとって お母さんは
この世のいろはを教わる、この世のすべて的存在である。

そんな存在のお母さんが

陰からささえ続けてくれていたら

のちの我が子は、

どんなに 秘められた能力を開花し

母が想像もしていなかったほど

いや、母が想像もできないほど

人生を力づよく生きていく人物となるだろう。

願わくば、

我が子から

お母さんといえば、

「イヤな存在」と、思われないように、願うばかりである◎

それでは(^O^)

きょう4月22日の花は えぞ菊

花ことばは 信ずる恋

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