☆あのね「比較」は、自分の感受性からくる価値基準で留めておくものであって頼るものではない…♪

  • 2017/04/12(水) 08:22:04

☆人は 生まれてくる前から「比較」にさらされている。

それは、妊娠した妻が

その地区の産婦人科は、
A病院がいいか、
B産婦人科病院がいいか

また出産までのA病院のケアと
B産婦人科病院のケアとでは、どちらがいいかなど比較するなどでわかるはず。

子どもは 生まれてからも 母親の価値観からくる比較にさらされ、

また おじいちゃん、おばあちゃんたちの孫を思う気持ちからくる比較にさらされたり

保育園や幼稚園に 通うにしても 園同士の比較特徴があり、
また 親の価値基準を元に比較し 我が子を 少しでもメリットの多い方に通わせる。

会社同士の比較、
地区同士の比較、
学校同士の比較、
親同士の比較、
いつの世も比較だらけ。

我が子も 小学校に通うと

友達同士で なにを比較して なにを良しとするかを 日々の学校生活で練り始める。

そうやって「比較」ばかりの中で生きていると「比較して選ぶこと」が自分の基準になり
なにかを決めるときの比較そのものが軸になってしまう。

この点を ちゃんと見極められるか 見極められないかで

社会人になったとき、

自分の基準を ちゃんと持っている人が「比較」するのと

自分に自信がないために
世の基準がどこにあるかをネットで調べ、
調べた上で
AかBかに絞って
そのAとBを比較して
Aに決めようが Bに決めようが

自信からくる自分の基準がないと
いざ ふたをあけてみると かんばしくない、ということが 当たり前のように起こるものなのだが

今は 自分が 自信がなかったために 最初から 他人様があげた比較基準を見て 自分の基準にしていることに気がつかない人が多いために、
起きるべきして起きる問題が発生して
あたふたする人がむちゃくちゃ増えた。

子育てで言えば

自分の子の子育てに自信がないと

よそ家庭で成功した子育てを見て

自分んちの家庭と比較し

自分んちが していなかったことを 我が子に取り入れてしまうことを良しとしてしまうのだが

これが うまくいくわけがない、ということに気がつかないのである。

なんで うまくいかないかというと

その成功した家庭の父親の感受性からくる価値基準と
母親の感受性からくる価値基準とで
その家庭での我が子の親子関係が成り立っているから、成功したのであって

自分んちの父親や母親の感受性を度外視して、我が子に、その成功事例現象だけあてはめても、

それは
みかん畑に、おいしくて甘味あるみかんは育っても

みかん畑に、りんごの木を植えて さてさて、おいしくて甘味あるりんごが育つかというと 育つわけがない、ということと同じである。

したがって 「比較」は 本人に ある程度の知性が養っていないと
比較そのものを 信じてしまい 多分に過ちをおかすタネをまいてしまうことになり

まして 子育てで
うちの子と できるあの子とを比較しても意味はなく

もっといえば子育て問題や、夫婦問題、恋愛問題で比較を持ちこんで
その良き事例現象に頼っても、
うまくいくわけがないのである。

比較より、当たり前を学んで知性をゆたかに養うことである。

それでは(^O^)♪

きょう4月12日の花は 桃の花

花ことばは 恋の奴隷
それにしても なんちゅうキレイな満月じゃ◎

この記事に対するコメント

あきひろ先生いつも御世話になっております。
昨日はマルチェロのバイト帰り、素晴らしい満月に邪気を払っていただき
桜も月明かりのしたで美しく咲き誇り、なんだかうきうきしながら家路に着きました。

さてさて

最近薩摩川内市にコメダ珈琲ができ、美和姫や優花を引き連れ早速お出かけしてきました。(ちなみにメニューにかき氷がありその大きさにびっくりでした)
2人とも喜んでくれてよかったです。
2人の笑顔を見て、自分が笑えていないことに気が付き、母として反省しております。

最近は会社の人間関係に悩み、笑顔でいることを忘れてしまっていました。
それと同時に近しい人達への感謝の気持ちも忘れてしまい、魔物化してしまっていたようです。

昨日の満月を見て、自分自身の心と向き合いまた日々修行致します。(笑)
あきひろ先生~。お身体ご自愛くださいませ。

まだまだ悩める40代ひとみちゃんでした。(笑)

  • 投稿者: 優花の母です。
  • 2017/04/12(水) 20:03:54
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