◇才能のさまたげは親の不信、才能の開花は親の信心・・・◎

  • 2016/05/04(水) 02:26:06

今の小学校低学年ぐらいまでの子どものことを、

昔の別称では、わらじ、わらじっ子と云った。

上品な云い方には

お子様がある。

その わらじっ子、お子様には

親にも、本人にも分からぬ才能がある。

この才能を 開花させるのも 開花させないのも

親次第であると 徳然大師は 云った。

この訓えは 今も 変わらぬ力を持つ。

つまり

親が 我が子に習いごとをさせたにもかかわらず

させたはいいが

我が子が かんばしくない場合、
この子は、この道に向いてないじゃないか、
やらしても無駄じゃないかという「不信」を宿すと

その不信が

我が子の才能の開花のさまたげとなる。

一方で

親が なにかを習わせたり
本人の希望で させてあげた場合、

我が子を 信じる心を持って、させてあげたとき

何年たっても かんばしくなくても

この子なら いずれちゃんとやれますから とか

この子は このペースで 少しずつ進んでいけばいいと思っています とか

親が 信心をもって 我が子を 見つめつづけていると

我が子は 才能を開花させ その道を 立派に歩んでいく。

今の時代に添うよう、大師の訓えをもじらせていただけば、

親は 親自身の不信で 自ら悩み

親は 親自身の信心で 自ら笑む

といった感じであろう。

なんにせよ、

我が子でありながら

よくあんな大業を成すとは…と、なるには、

親が 共通して

我が子を 信じる点で

ブレないことがあげられよう・・・◎


それでは(^O^)♪

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する