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身体に宿る知識を ・・・☆☆☆

  • 2020/03/31(火) 01:36:02

一言なにか、意にそぐわないことを言われたとき、

その人がもつ、知識力の量に応じた「解釈力」が問われる時代である。

知識量が、多いということは、
良いほうにも、
悪いほうにも、
はたまた、どちらでもないほうにも、
保留とすることにも、
流してしまう流し方にしても、  

圧倒的量の中で、気持ちの整理がつけられる幅があるため、

少々のヒドイ一言にも、目くじらを立てなくてすむ。

でも、知識量が少ない人は、気持ちの整理をつけられる幅が狭いため、
イラつき、不安、心配、目くじらを立ててしまいやすい。

スマホをいくらググっても、身に宿る知識量は、増えない。

なぜなら、体験からくる知識ではないからである。

体験からくる知識を たくさん宿している人は、

一つの言葉に対する解釈の棚が、1000引き出しぐらいあるので、

たとえ悪い言葉でも、その悪い言葉の裏側、奥行き、深さ、高さなどで、緩和してしまえる。

だが、スマホのなかにある知識は、だれかが体験したことがあげられているのであって、

自らの体験ではないため、それを読んで、その通りにやったとしても、
うまくいかなかったり、それほどいい効果があるわけではないことが多く、
裏側、奥行き、深さ、高さを、感じないままやっているので、
悪い言葉を、緩和しきれないのである。

緩和しきれないような解釈力では、

たとえ良い言葉を言われたとしても、

まっすぐ、良いことを言われてうれしいとはならず、

安易に、あれは、おせじに決まってる、本気で、あの人が あんな良いことを言ってくれるわけがないと、

まっすぐ解釈すればよいことも、

まっすぐ解釈できない過ちを侵しつづけてしまい、

結果、自分で、自分の未来を、生きにくくしてしまうことになる。

そうならないためにも、

知らないことや、良いこと、悪いことを言われたときは、

もし、どういう意味か聞けるのなら、

体験がてら、ちゃんと相手に、それはどういう意味なのか、聞く勇気を持つことである。

すぐ、悪い解釈をして 不満を宿す人生に、ゆたかな人生は、おとずれない。

こんなコロナ・ショックの世だからこそ、

体験からくる知識を 一つでも多く 宿したいものである。

それでは。


弔文

志村けんさん、ガキのころから、たくさん、腹の底から、大笑いさせていただき、ほんとに ありがとうございました。

草場の蔭で、次は、どうか、仏様方を、大笑いさせてあげてください。

ご冥福を、ただただ、お祈りし、お達者で・・・

                          合掌


    
ねずみ年の智恵聖人  子(ね)の 91 は…  (^∀^)

☆聖女バルビナ
この聖人は、ローマ時代の美貌の殉教者。にきびや、腫れ物ができたときに、名前を唱えて祈願する。
◯属性:ユリの杖
(この聖人が守護する対象:にきびや、腫れ物で悩む人)
(この聖人のゆかり:ペト・その美貌のため言い寄る男性がたえなかったが、あるとき不治の腫れ物ができ苦しみ、当時、キリストとその弟子が起こした奇跡が広く伝わっていて父とともに「病気が治るなら信者になる」と誓った。父娘は、牢獄されていた教皇アレクサンドル1世を訪ね、聖ぺトロのクサリに触れ祈ると、みるみるうちに腫れが引いて治った。この奇跡体験や、1本のローソクをもった天使の勧めにしたがい、生涯、貧しい人々や病気を抱える人たちのために福祉事業と宣教に力をそそいだ)