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神様に、茅の輪く ぐりを させられた のかな!? 不思 議なお詣り ☆☆☆

  • 2018/06/29(金) 18:54:10



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青森は、弘前城の空は うすぐもりの晴れのように明るいのに、
パラパラ雨。

そんなパラパラ雨のなか、予定では寄れないと思っていたのに、
岩木山神社の神様に、呼ばれ、お礼詣り。

でっかい茅の輪を取り付けている最中に、出くわした。

その際、元、ここの神社の巫女さんだという おばあちゃんが、
茅の輪を竹柱に結わえていて、

茅の輪くぐりをしようと思って ぼくが、結び終わるのを待っていたら、

「あらま、神様、少しお待ちください。すぐ、結わえるでの」と、
あきらかに、ぼくの頭の上らへんを見ながら言った。

「どうぞ、くぐってくだせぇ」と、
左へ1くぐり、右へ2くぐり、もぅ一度左へ3くぐりして、
一礼して、本殿への階段に向かおうとしたら、

「おし、少し、お待ちを」と言ったかと思うと、
白の日本中手ぬぐいのようなもので
ぼくの左手首から、左肩、頭、右肩、右手首まで、
フワッとポンポンして、また、右手首から、左手首へもどして、

「夏越し大祓いのため、茅の輪の福締めに、来てくださり ありがとうございます」と、手をあわされた。

気になって、おばあちゃんに、
「ぼくの頭の上に、なにかの神様が乗ってんのかなぁ」と聞くと、

「なんも、なんも、わたす、昔、ここの巫女やってたんだども、
たまに、今見たいに、参拝される人に憑いて来てる神様が、ぼやーと見えるんだぁ。茅の輪くぐったとき、はっきり、5人の神様がいたから、この祝詞で締めた手ぬぐいで、キレイになってもらった。そのまま、本殿まで上がってくだされば、降りられなさる。ようこそ、お詣りくださいました」と おじぎされた。

ありゃー、そういうことだったのね、と思いながら、

 祈願 

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パンパン、一礼、 副礼。

戻ってきて、茅の輪をくぐり、一礼していこうとすると、

さっきの おばあちゃんが、

「これを どうぞ。北門のお岩木さまが、護ってくださるから」と、
ある札を手渡しに持ってきてくれた。

なんという、不思議なお詣りになったことだろう・・・♪

お岩木さま、ありがとうございました。

みなさんに、御利益ショットです。

この戌年の、子犬に、右手をそえ、目をとじて
「清めたまえ、祓いたまえ、健やかなれと、幸(さきわい)たまえ」と、
3回、ゆっくり、心の声で唱え、
唱え終わったら、ゆっくり目をあけて、

御利益を授かった右手で、自分の体で、気になっている箇所があれば、肩こりとか、腰のダルさとか、ビザの痛みとか、
はたまた、夏風を引かないようにノドとか、目とか、どこか1箇所、
右手で、8回、さすってください。

どこも別段ない人は、おでこ、のど、みぞおち、おへそ、
右ビザ、右足首、左ビザ、左足首の8ヵ所を、1回づつタッチしてくだされば、身体の「善孔」に良き働きがあることでしょう。

良き 参拝は、ひょっとして、自分が決めているようで、神様が、人間の体を乗りものにして、鎮座されるお手伝いをすることを云うのかも  ・・・♪


181日目の名言は 
  
   しあわせは、けっして目標ではないし、目標であっても
   ならないし、さらに目標であることもできません。
   それは、結果に すぎないのです。
                V・E・フランクル                    
   ☆フランクルは、インドの哲学者タゴールの詩を紹介し
    「私は眠り夢を見る、生きることが喜びだったらと。私は
    目覚め気づく、生きることは義務だと。私は働く
    すると、ごらん、義務は喜びだった」。
    喜びは、喜びそのものを欲することはできない。喜びを
    感じる私個人の感受性の度合い次第で、ゆたかなら、
    やるべきことを果たす中で、涌き出てくるものが
    当然、多くなるので喜びがふえ、結果、幸せだなぁと
    感じる機会が増える。


    


   Good Luck (^o^)/