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〇体にもあまさは必要なように、子育てにも当然「あまさ」が必要。でも、「適度な」あまさが肝心。

  • 2013/01/28(月) 03:19:03

子育ては社会背景に添う。

ものがなかったときの親の子育ては、

1ヶ月単位でみても、あまいものが、なかなか口に入らなかった。
それに添うように
我が子にも、あまくなく、むしろ厳しかった。

今は、1ヶ月のうち、ほとんど毎日、あまいものを3度のメシ以外に口にできる。
これに添うように
我が子を、ここ最近怒ってばかりであったことを、ハタと気がつき
帳消しにするかのように
不必要なあまい子育てをしてしまう。

つまり、
親が、我が子の将来を見越した厳しさを示せた世代から、

親自身の行いにはあまく、我が子の行いには怒ってしまう世代に変わり、
親が、厳しさと怒りを分けられなくなった。

厳しく、厳しく、1年に数回あまい親と

怒って、怒って、怒りまくって、毎日、どこかであまくなる親とでは

体がきゃしゃに見えても丈夫、という子と

糖分を取り過ぎて、ちょっと小太りで若糖尿病にかかっているような、やわな体の子、との違いに似た
妙に的を得た育ちの差が生じる。

人は、誰かと関わって生きてゆく。

関わることで、悩んだり、辛い思いをしたり、怖さを感じたり、

はたまた、喜び、嬉しさ、感動など

人様の波にもまれ
さまざまな感情を、育んでいく。

世に出たとき、
厳しさを培っている丈夫さが、
なにより、人波にさらされたとき活きてくる。

怒られても、グズれば、あまいものが出てくる中で育ったやわさは、世に出たとき
世の中の厳しさにもろく
あまさを味わった家から出なくなるだろう。

なにを許し、なにを許しがたきとするか

親の姿勢次第で

あまさは、

適度になるか

過度になるか

決まる。


ついでにいうと

親が自分に厳しいか

自分にあまいかで、

我が子に、

しっかりさか、
情けなさの、どちらかが

見事に 伝わっていく。

「適度なあまさ」は、我が子の心の養分となるが

「過度のあまさ」は、心のコレステロールとなる。

甘いものは、少なめ少なめにこしたことはないのは、口にするものに限らず
子育てにも言えるかもしれない。

これ、すべて親のさじ(しゃじ)加減ひとつ。

何事も、さじ加減を、間違えると
うまくない、でしょ(笑)

ということかな、つくしちゃん(笑)。

最後に、今週お世話になった、
菊川市のパコちゃん、相良の竹ちゃん、吉田の田んぼくん、
きのうから、
つきっきりで世話してくれた、つくしちゃん、ほんまにありがとうねぇ。

また、親も、月夜に天の川の星をおかずに、
矢切の渡ししよーぜ(大笑い♪)

ほんまに、おおきに◎

それでは(^O^)♪♪