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その日、なにを、学んだかは、自分次第 ☆☆☆

  • 2018/08/18(土) 03:43:09

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうは、ご先祖様たちが、お浄土に還るとき、

この世の暑さを もっていってくれたのかなぁと思うほど、

さわかな晴れ。

今までが、暑かったので、秋を感じる涼しさとなった。

これからは、日に日に、秋めいていくのだろう。

その日1日平凡な日になれば、神仏の恩恵を感じることもある。

でも、それだけでは、また、神仏からいただいた命ある一生、

まっとうしたとはいえない。

ときに、自分が まだしたこともない体験をすることも、

一生、心に残る 体験となり、

その体験を 元に、多くの 学びいもを引くことができる。

そこで 成功すれば、成功したなりの学びが、

失敗すれば、失敗した中からの学びが、

平凡な日からは、平凡な中でこそ、ひらめいた、ひらめきや、想像からの学びがある。

1日の中の見つめ方次第で、必ず、その日の「学び」がある。

きょうも、当初の一つの想像計画や、想像予定から、

ハッとしたひらめきが授かる学びあり、

その学びから、よりよい想像計画になるよう 練り直す楽しき学びがあり、

ちょっとしたことから、いくつか学ぶことができた。


良き 学びは、1つにあらず。自分の心の姿勢次第で、時計のように60もの方向から 学ぶことができる ・・・♪


230日目の名言は 
   
   少しは暮らしに困って、あまり平らな道を歩かないほうがよい
   王様たちが思いのままだとすれば気のどくなものだ
                        アラン   ◯                 
   ☆富には2種類ある。「すべてが手に入る」という形の富は
    その瞬間、我を満足させ、あぐらをかかせ、ついでに退屈も
    呼ぶ。次に、計画をしっかり立てたり、よーしやるぞと
    仕事にのぞむ形の富は、心をくすぐられたり、
    駆り立てられたり、心がおどる。
    退屈へと変色する富より、自分が夢中になれるような富を
    追い求めるほうがいい。

   
   Good Luck (^o^)/

「はっきりしなさい」って言 うのは簡単。親ならば、「はっ きりする」ことが身につくよ うな言葉をうたねば  ☆☆☆

  • 2018/08/17(金) 03:52:06

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうの天気は 雲が 太陽をかくす、はっきりしない天気。

雲が、どいて晴れるのか、

さらに、雲が増し 雨が降りだすのか、

我が子が、どんな人物になるか、今だ はっきりしない、
心うちのよう。

たぶん、はっきりしなかった自分が、

かろうじて、今は、親になり、

はっきりしない自分は今も、自分の身体のどこかにいるのに、

はっきりしない我が子の態度を見ると、

「どっちにするか、はっきりしなさい!」と、
えらそうに、言ってしまう自分がいる。

自分は、今だ、不確実な面が多々あるくせに、

我が子には、確実なこたえを求めてしまう。

多くの母は、

「自分はできていないけど、我が子には、確実にさせようと、何度も言うこと」は、確実にできている自信は持っていると思う。 

だが、それでは、我が子は、確実に、「親の思いもせぬこと」をする。

まずは、自分が、確実に、

わたしはこの子の親である、という確実な自信があるか、ないかを自分に問い、

あれば、親自身の確実な体験から ものを言い、

なければ、我が子のために、親の自覚を持って ものを言わねば、

我が子に、親の言葉が、確実にとどかず、適当にしか聞かぬこと多しとなる。


良き 親ごころある言葉は、たくさんの不確実なものの中から、我が子に合った確実なこと、1点だけを言うと、我が子の心に、確実に残る  ・・・♪


229日目の名言は 
   
   不確実なものが 確実なものの基礎である
                    三木 清   ◯                                                  
   ☆哲学者は不確実なもののために書き、思考する。
    「不確実」なものが出発点だったとしても、それが
    きっかけとなり、「書く」「思考する」といった
    確実な行動へと結びつける。人生も同じく、未来で
    どうなるか不確実なもの、明日しかり、夢しかり、
    希望しかり、これら不確実なものに向かい、確実なものに
    していこうと生きる。

 
  Good Luck (^o^)/

ご先祖様は、草場 の蔭から、形を変え 、声をかけてくだ さっている ☆☆☆

  • 2018/08/16(木) 02:20:09

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうは、午前中、雨が、降ったりやんだり。

たぶん、まだ、ご先祖様たちが、お浄土に還るのに
もう少し居たいのになぁと、しのんでおられる、しのび雨だろう◎

昼からは、雨があがったが、湿度が高く 不快指数MAXであった。

そんなおり、名僧と言われた人たちが残していった言葉にふれた。

一番始めに目をひいたのが、道元の言葉だった。

愚痴は、不幸を呼ぶ呪文!

まさに、と思った。

それから、空海、一休、沢庵、明恵、法然ときて、

蓮如が、

どうなるか わからないから おもしろい!

たしかに、と思った。

そして、空海が、

運、不運は、日ごろの言動や しぐさによって決まる、と。

このお盆、ご先祖様が、書物を通して、

草場の蔭に還っていく前に、

今一度、ここを忘れるなよ、と ぼくに、
肝心なことを 訓えてくれたような気がした。

ご先祖様は、この僕にも、注目してくださっていたのかと思うと、

ほんに、西に足を向けては寝られないなと思った。

我が、ご先祖様に、ただ こうべを垂れる思いである。


良き 言葉は、時間を超え、次元を超え、時空を超えて、
この世でいきる子孫の心にささる ・・・♪


228日目の名言は 
   
   人間の場合もそうだが、政治や哲学の理論の場合も、
   人気がないときは目立たなかった間違いや欠陥でも、
   勢力が増すと表面化する。
                         ミル   ◯                                                  
   ☆注目されていないときは それほど問題ではなかったことが
    注目されたとたんに その問題を掘り起こされる。
    注目を浴びるということは、あら探しをされるということも
    起き、大勢の人の監視下に自分をさらすことになる。
    注目されることにともなう代償を、
    注目されたときの自分は、見落としがちなる。

 
  Good Luck (^o^)/

連日の 西方浄土の 光をあびて ☆☆☆

  • 2018/08/15(水) 01:36:03

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうも、カンカン天気。

夕焼けと、三日月がキレイで、しばらく 

タバコ吹かしながら、しみじみ見てしまった。

しみじみとは、

どの家(うち)の ご先祖さまたちが、大勢で、

こっちに 来られやすいよう、

西方浄土からの光に、あふれているんだろうなぁと


さらに、三日月船が、浮かんでいたので、

あの船にも、

「わしの子孫たちは、元気にしておるかのぅ」

「早く、ひ孫の顔が見たいわね」

「なの心配性の嫁が、つまらんことで悩んでおらんだろうか」

「うちのせがれは、次なる夢は、なにをつかみにいこうとしておるかのぅ」などなど、

たくさんのご先祖様たちが 順番待ちをしているんだろうなぁと

しみじみしてしまったわけである。

ご先祖様は、かつて、肉体を持って、たしかにいた。

今は、肉体を離れ、たしかにいる。

ご先祖様、うちの一族は、みな、訓えどおり、

自分で決めた道を それぞれ、不安をかかえながらも、

自由に、日々、明るさ忘れず、

歩んでおりますよ。

なかには、ぽわ~んと、歩んでいるヤツもいますが(笑)

ご先祖様、笑って、

それぞれの、道の邪を祓っておいてあげてくださいな。


良き ご先祖様の うやまいには、笑顔になるような お知らせが、あの世から、とどく ・・・♪


227日目の名言は 
   
   不安は 自由の めまいである。   
                   キェルケゴール   ◯                                                  
   ☆「自由である」とは、可能性にあふれている、ということだ
    可能性にあふれている、といえば聞こえはいい。でも、
    可能性にあふれているとは、不確かで未知である、という
    ことでもある。つまりそれは、保証がない状態なので、
    不安が湧きあがる。不安は、まさに、自由が引き起こした
    「めまい」みたいなもの、とキェルケゴールは説いた。
 
  
  Good Luck (^o^)/

書きこみ ありがと うございます ☆☆☆

  • 2018/08/15(水) 01:19:02

☆☆☆☆☆☆

チチクワぁ

書き込み おおきにぃ◎

魂のキャッチボールで、祓ってもらえたってか、

いやぁー、それは、オレの方もやぁ◎

たぶん、あの日、おやじらも、

魂のキャッチボールに、参加しとったかもわからんな(笑)

まぁ あしたから、暑さの中の、アツさの中で、

体調くずさんように、

山用の足腰つくっといてやぁ(笑)



それでは(^-^)♪



 
Good luck (^.^)

お盆に、一族みなで、ご先 祖様に手を合わす ☆☆☆

  • 2018/08/14(火) 02:49:04

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうは、夜中から暑く そのまま朝から、暑さの上乗せとなる天気となった。

そんなおり、

このお盆は、おやじの、十三回忌の法事と重なり、

一族みなが、集まった。

お和尚さんの あとについて、お経をあげる。

お経の文言には、すべて 粛々とした意味がある。

その意味を 問うても 意味がないという「意味」が説かれていたりするから、おもしろい。

また、阿弥陀如来様の光は、
人の言葉では、とてもいい表せないほどの光で、
その光が、悟りへと、導いてくださるから、ただ、信じなさい、
と 唱えていたりしています。

ブッタは、その光を、ただ、信じ、悟りを開かれたので、
「解脱」し、釈迦如来となられたのでしょう。

親鸞上人は、そのあたりを 当時、わかりやすく説かれ、

その訓えが、今、我が一族にも 慣わしとともに、智恵の光明として
触れさせてもらえている。

ご先祖様、このお盆の時期、ゆっくりこっちで休んでいってくださいね。

我が一族、みな明るくくるくる◯ーをしておりますので、

ついでに、一緒に、たくさん笑っていってくださいな◎

みなさんのご先祖様も、楽しんでいかれますように。

合掌


良き お務めをさせていただくと、西方浄土から あかぬ色の光が よく とどく・・・♪


226日目の名言は 
   
   「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから
   誤っているのです。つまり、私たちは、生きる意味を
   問うてはならないのです
                   V・E・フランクル   ◯                                                  
   ☆私たちはよく、人生に対して「生きる意味はあるか?」と
    問うたりする。フランクルは、これを間違っていると諭す。
    問われているのは「私(たち)」である。人生こそが
    「きみは、私(人生)に何を期待する?」と問うている。
    この先、何が起こるかは誰にもわからない。私たちに
    できるのは、人生からの問いかけに対し最善をつくすこと。
    常に私たちは、「さて、どう生きる」と 
    人生から問われている。    

 
  Good Luck (^o^)/

なんの 掛け値なしに 、真友(マブダチ)と  語りあかすのは、おだや かに 時が飛ぶ ☆☆☆

  • 2018/08/13(月) 08:47:00

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうの天候は、午前中晴れ、午後から、雨雲が来たと思ったら、

カミナリとともに、大粒の雨。

その合間をぬって、ホウヅキの入った墓花を

ご先祖様のお墓に、お供えし、お墓を手あらいし、

日頃の お礼と、報告で合掌。

そして夜、我がマブダチ、チチクワと、

いつものびっくりドンキーにて、集合☆

会ってすぐ、アイスコーヒーだけで、メイン料理を注文するのも
後回しに、語りあかす(笑)

インターバルがてら、ハンバーグを注文し、

食べながら、語りあかす(笑)

さらにアイスコーヒーを注文し、語りあかす(笑)

語りに語りあかし、気がつきゃ、閉店。

やっぱ、マブダチとの語りあかしは、恐ろしいほど、

あっという間の、時の飛び方をする☆

毎度、よくも まぁ、そんなに語りあかすほどの

ネタが、次から次に、あるもんである(笑)。

自分を忘れ、いや、あれは、自分を無視してしまうぐらい、

マブダチとの「言魂のキャッチボール」が、

量子力学レベルの細胞同士で、

投げあうのが、おもろくてしかたないのだろう◎◎◎

お互い、こてこてのおっさんになったが、

言魂ボールのスピードは、165kmレベルで投げられ、

魂(たま)数は、300球放っても、心の肩や、ヒジを壊す心配は、
まったくない(笑)。

この明るい気合いの入り方を 夏の高校野球でたとえるなら、

魂の甲子園で、優勝候補同士のアツき試合であろう。 

会えば、必ず、延長戦のすえ、引き分け再試合となる。

そんな、魂(たま)の投げ合いは、

ぼくの、
人生最高の宝物の一つである☆☆☆☆☆

たまらんねぇ、ほんま◎

チチクワぁ、また、来月、月山で、十五夜見ながら、

魂(たま)、投げ合おうぞ♪

おつかれさん。

いや、きょうの、ほんの7時間くらいじゃ疲れやんわの(笑)

あっ、ほんで、お供えと、祝い ほんまに おおきに。

おやっさんに、よろしゅう 合掌。


良き時を過ごすとは、量子レベルの気の合い方をすることをいい、その気が 核融合して、時が飛ぶことをいう  ・・・♪


225日目の名言は 
   
   自分を無視できるようになることが必要です。
   たくさんのものを 見るためです。
                     ニーチェ   ◯                                                    
   ☆「自分」の好きなもの、「自分」のこだわり、
    「自分」にとって聞き心地のいい言葉。「自分」にばかり
    焦点を当てている人からは、他のものに目をやり、
    新しいものと触れ合う機会が失われていく。また、
    「自分」の心の声ばかり聞いている人の耳に、他人の声は
    入ってこない。世にはたくさんの可能性がある。
    見落とさないためには、そのときどきで、
    「無視できる自分(無に近い自分)」を養っておく必要がある。
    ぼくの場合、自分が大好きなので、この戌年と、
    来年の亥年は、自分をできるだけ「無視」する練習を
    している最中である。
    その練習のおかげで、最近、
    とても おだやかな自分の時間が増えだした。    
    

  Good Luck (^o^)/

大渋滞の中の大移動。だが 、ただの移動にせぬように 目標をもったら、発見のあ る大移動となった ☆☆☆

  • 2018/08/12(日) 03:04:08

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうは、熱帯夜から、そのまま温度があがり

道路温度計が39℃を表示する 激アツ日。

そんな中、帰省の民族大移動に つかまりながらの愛車移動となった。

きょうの移動は、何時につくか まったく読めないと思っていたが、

こんなに、ノロノロ運転とは。

東から、西へ移動するため、昼からは、トンネル以外は、

太陽光線がまともに当たるので、

海水浴にいって、浜辺で日焼けしているのと、なんら変わらない(笑)。

海水浴の日焼けなら、暑さ限界になれば、冷たい海水に、すぐ入ることができる。

だが、この移動には、飛びこめる海水がないため、

ずっと、アツい。何時間も、ただアツい。

まさか、トンネルの中が、オアシスになるとは(笑)

渋滞の中では、ガソリンをムダにつかえないため、

ピタっと止まるたび、手動で、エンジンを切ることにした。

窓は、全開にしていても、アツさからは、逃れられない。

ラジオで、高校野球の実況放送が聞けたのが、せめてものなぐさみ。

高校球児は、このアツいなかを走りまくっているんだから、

あきひろ、おまえは、足で走っているわけじゃない。

車に、乗ってるだけだろ!アツさぐらいガマンしろ!と

自らに、喝を入れ、少しずつ、西へ移動。

途中、よく似た渋滞を思い出した。

たしか、4月 1日、20時間の大渋滞につかまり、三峯神社に行ったことを。

あのことを思えば、なんてことない。

そうだ、こんなにノロノロ運転なら、なにも、高速道路でなくてもいいや、
と思い、高速を降りて下道に切り換えた。

これが、大正解!

なんと、下道は、スイスイ状態◎◎◎

三峯神社の神様からのお告げのおかげである。

神様、ありがとうございます。 

よし、ここからは、走ったことのない道を知りがてら、いこうと、
新たな目標を持ち、細い県道、林道を 単車感覚で走った。

結果、いみじくも、20時間ちょいで、ストレスなく、目的地に着いた。

20時間かかったが、おかげで 7つも、新しい抜け道を
発見できるおまけつき(笑)

愛車トゥデイちゃん、おつかれさまでした♪


良き1日にするのも自分。ただの何にもない1日にするのも自分。  ・・・♪


224日目の名言は 
   
   完全な休息のうちにあり、情念もなく、仕事もなく、
   気ばらしもなく、集中することもなしでいるほど
   堪えがたいことはない    
                      パスカル    ◯              
   ☆何もすることがない、完全な休息状態というのは
    意外とエネルギーを吸いとられる。完全な休息状態でいると
    次第に虚無感や孤独感、無力感などがわく。そして
    最終的には休息状態にあるにもかかわらず、倦怠感に
    襲われることになる。予定がまったくない、完全にフリーな
    状況になったときの休息は、なにか一つ、用事をつくか、
    新たな目標を決めるかの智恵を用いたほうがいいだろう。
    

    Good Luck (^o^)/

自分のことより、子ど もたちにとって、より良 い方を、選択して ほ んとに良かった ☆☆☆

  • 2018/08/11(土) 13:08:07

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

きょうは、次から次に、汗がふく、天気となった。

そんな日に、車に乗り込むのは、服を着たままサウナ室に入るようなもの。

それがいやで、エアコンのきいた列車を選択することもできる。

その場合、113冊近くの中から、なんの絵本を大きめのバックに入れるか、30冊ぐらいに選択しなければならない。

また、車を選べば、命道具の絵本は、すべて現地に持っていけるが、

現地まで行くのに、動くサウナといっていい20年落ちの愛車に乗りこみ、約2時間汗だくで運転することになる(笑)。

さぁ、どうする。

きょうは、子どもたちに、絵本を、時間が許す限り読んで
もらえたら、とお願いされてる日。

であれば、たくさん絵本がある方がいい。

それに、なんとなく、聞いてる数より、子どもたちが多いニオいがする。

ということで、汗だく覚悟で、愛車移動を選択した。

現地に着いたときには、夕立の中を かさもささずに、

歩いてきたかのような状態だった。

子どもたちが待ってくれていた部屋に入ると、

まるで、富士山の山頂のような、涼しさ☆☆☆

そこに、たくさんの子どもたち。

そんな 清涼感あふれる空間で、読あそびさせていただき、

子どもたちの笑顔の花が満開となると、

そこは、パラダイスだった◎

人生は、選択の連続だが、

時間を気にしなくてすむ、愛車選択をして、ほんとに良かった。

 
良き 選択は、先にあらず。
だが、のちに、良き選択となるニオいは 漂っている ・・・♪


223日目の名言は 
   
   人間は 自由の刑に処せられている
                  J - P・サルトル  ◯                                
   ☆何でも選べるという自由は「選んだあとの責任は、自分で
    取らなければいけない」という 自己責任と表裏一体。
    選ぶということは、選んだ時点で責任は発生する。
    そして、その責任をすべて自分で取らなければいけないので
    あれば、自由は気楽なものではなく、一種の「刑罰」とも
    言える。サルトルは自由についてそのように考えた。
    

   Good Luck (^o^)/

書きこみ ありがと うございます ☆☆☆

  • 2018/08/10(金) 16:34:05

☆☆☆☆☆☆

笑顔の花さん

書き込み おおきにです◎

毎日、この つたないブログを見てくれて

ありがとうねぇ。

変わりたいのに変われないのは、「本気」のレベルが、

変わりたいという気持ちだけで、

変わるレベルに至っていないだけやから、

変わるレベルまでの「本気」になってみてください。

この夏休み、まずは、本気で、我が子と、

1日1回は、笑顔で、笑い合うと、本気で思えば、

必ず、達成できます。

コツは、でも、だって、☆☆してるのに、と

不満を呼ぶ、単語を使わないこと!

だってだってで、何も変わらない、自分を、この夏休みに、

断捨離しましょう☆

子育てが出来てるあいだに、我が子に、思いやりや、まごころを、

我が子の心に、笑顔とともに日々、届けてあげてください。

それでは(^-^)♪



 
Good luck (^.^)